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2014年1月19日 (日)

梶井基次郎と木戸孝允。

140112_211846 栗ようかん。

安いものなので贅沢は言えないが、少し甘いな。

今週は、故あって家にいる事が多い。ま、のどかに過すのも一興と自分を慰める。

古本屋で買った本を読んだりして過した。

梶井基次郎著「檸(レモン)檬」(新潮文庫)。相当、昔の作家だ。31歳で夭折した人らしい。話自体は、今の人が読んでどう思うか難しい判断だ。僕としては、何故だか感性がシンクロする部分が多々ある。年代が違うのに、おかしな気もするが何か読んでてそう思うのだ。似た様なコンプレックスがあるのか同じ様な感情の動きがあるのか。ま、あまりオススメという訳にはいかないけどそれなりに満足する。

ついでに木戸孝允のを描いた短編を読んで知ったのだが、この人物の性格も自分に類似している。それなりの人物に対しておこがましい限りだけど・・・木戸孝允。桂小五郎と言った方が通りが良いだろうか。

自分の描いたものが現実的に出来そうにないと厭世的になり放棄しがち。その地位に連綿とする訳では無く、それも返上してしまうのだ。それでも彼の場合、能力が高いのですぐに呼び戻されてしまう(そこが僕と違うか)。それを繰り返すって人生だ。この時代の維新三傑の一人であるが大久保・西郷と三者がそれぞれ性格的に相違がありすぎるのも興味深いね。

一般的にやはり西郷どんが人気なのでしょう。大久保は人気はともかく、その人物は大きく知られるところだ。木戸は残念ながらあまり聞かない。芸妓、幾松との話は有名だろうか?。恐らく、この二人と木戸の違いは野心の大きさだろう。悪い意味での野心では無い。自分の思うところを貫徹するって意味での野心だ。西郷も大久保もそれぞれ違えど、自分の道を進んだのでしょう。木戸は少し、執着の人では無かったのでしょうね。何かを為すために労を惜しむ訳では無い。尽力をするのだけど、「自分を据えながらそれを実行出来ないとなれば自分が為す意味が無い⇒故に自分が留まる必要は無い」って事かな。そして、「ならば、そもそも呼ぶなよ」って思いもあったろう。それでも、野心的で無いってのはある種の安心感があって重宝されると本にはあった。ま、確かにそういう側面はあるだろう。

僕なんかは、西郷の様な豪快でくもりのない人間にはなれないし、大久保ほどに冷徹にもなりきれない。すぐ嫌気がさすし、権威には近づきたくない。そう考えると木戸は英雄的では無いが好感が持てる人物だ。

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