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2012年11月13日 (火)

昔の名裁判。

121111_192322 今日は、中津川の満天星 一休の「樹雨(きさめ)」。

久しぶりの器フェチの血が騒いでいて、友人の「たまに来たのだから、多少は奮発したら」の悪魔の囁きに屈し買いました。千円也。蓋も付いてる(←僕のツボ)しまぁ、いいか。

121111_192342 中は、こんな感じ。

和風では無く、モンブランといった印象だな。

美味しいんですよ。だけど、和を思い描いていた僕としては肩すかしだった。

今日は、江戸の名裁き・・・と言えるかは別としてある裁きのお話。神坂次郎著、「今昔おかね物語」(新潮文庫)より、感心した話を一つ。

ある藩の藩士が、密通して懐妊した腰元と家士を手打ちにするのに忍びず、暇を出して逃がしてやった。その藩士は法を破ったとして、藩に暇を出されてしまった。浪々の身でその日の食事にも事欠く有様。寂れた長屋暮らしに身をやつす。一方、腰元・家士は夫婦となって商人になっていた。浅草の大火でやけだされ、紙帳(紙製の蚊帳だそうだ)売りになっていた。その行商の折、件の藩士夫人と出合う。現状を知った家士、夫婦で相談し娘を吉原へ50両で売った。女衒に15両とられ残りの35両を藩士の家へ「商売で儲けた。恩返しにお納めを」と置いていく。藩士、返そうにも家がどこだか良く解らない。又、貧困しているところでもあり、とうとう家賃を払うために使ってしまったそうだ。この時、家主は藩士の財布に35両を見る。丁度、30両を紛失していたところだったらしい。そこで奉行所に訴えでた。

長くなったが、ここからが名裁きだ。

お奉行、藩士を呼んで事情を聞き調査が始まった。調査の結果、家主と女衒を呼出し「おのれらの不埒、許しがたき」として女衒に20両、家主に30両の過料を言い渡す。計50両にて家士の娘を吉原より親元に帰す様に取り計らったという話だ。

この裁きが評判を呼び、藩士は元の藩への帰参が叶ったという。

現代で考えると違和感があるが、僕としては名裁きだと思うがどうであろう?。家主の30両紛失は別問題であったのだろう(穿った見方をすれば狂言の可能性もある)。それから女衒の15両はぼり過ぎだとも思うのだ。それを考えると、それなりに腑に落ちる裁きだと思ったりする。これらは犯罪では無いけれど、眉を顰めてしまう心持になる。

現代では、法の下に裁かれる。世間で同情出来る事件があっても法が基本である。間違ってはいない。間違ってはいないが、苦い思いをする人も多いだろう。聞いてても納得がいきかねる面も多々ある。法は万能って訳では無いからね。詰まる所、出来うる限りの効用化と言ったところか。

今昔、どちらが宜しいのか・・・難しいところだ。

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