今日は歴史人物に学ぶ②です。
今回は、「真田幸村」だー
!僕の子供時分にはテレビで猿飛佐助とか見てましたよ。真田太平記も面白いし、真田十勇士とかも有名ですよね。俳優の根津甚八さんはこの十勇士の中の一人の名よりとったとか。。。
ちょっと話が逸れ気味で申し訳ない
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えー、真田左衛門佐幸村。本当の名は信繁と言う。武田信玄の弟、武田典厩信繁(←大好きな武将だ!)に因んだらしい。でも、通りが良いから幸村で進めよう。知名度抜群の幸村ではあるが、戦績や謀略では祖父の幸隆・父の昌幸にははるかに及ばない。ま、逆に謀略をやっていたらここまで有名にはならなかったろう。真直ぐで一途が悲劇的英雄の条件なのだ。男のロマン、憧れである。大人でもこういう人はいる。もっともこんな部分だけマネて、実績が伴わない場合が多いけどね
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大阪冬の陣では、真田丸の攻防で一躍有名を馳せた。この戦いは始めから勝ち目が無い戦ではあった。戦略的で100%負けているのだね。では、戦術レベルで勝つにはどうすれば良いか?答えは「桶狭間」ですね。大将を落としてしまうって戦法です。もっとも、将軍は息子の秀忠に受け継がれていたのでIFを考るのは何とも判断が難しい。しかし、家康の首をとってしまえば、状況次第ではどう転ぶか解らないところではある気もする。
そして、夏の陣での「華々しい散りざま」である。
どれをとっても小説の題材には事欠かない生き方ではある。三国志で劉備の蜀に人気がある様に、弱い側に肩入れするのは(物語の中ならば?)日本人も好きなのである。九度山での蟄居時代の無念さも加味される部分だし、大谷刑部の娘が妻って所も加味される部分だ。そりゃ、小説にもゲームにもなりますよね。
実際、この大阪の陣だけで幸村は真田家中でも一番の人物になったのである。
僕も二十代の頃は、幸村を模範に嘯いていた時代もありましたねぇ・・・当然の如く、幸村には成れないのにね
。。。
幸村と聞くと、青二才の頃の自分を思い出して少し懐かしさに浸ってしまいます
。
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